日々の思索紀稿

Twitterでは収まりきらない日々のネタ、しょうもない出来事などを書くには大きなスペースがないと、ということで作りました。Twitterの拡張版と思ってもらえたらいいと思います。少し前にブログのタイトルを改変しました。タイトルにある「紀稿」の文字は、僕が体験したことを綴るという意味の「紀行」、そしてブログを書くという意味の「起稿」を掛けてます。どうぞよしなに。

高校を振り返る Part 4

ついに3年生に突入です。Part4です。たぶんこれも1回では収まりません。

 

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そうだ、京都(行って先輩に会いに)いこう

4月、うちの副主将(以下:副)が「E先輩って京都に行ったんやよなぁ。…ちょっと遊びに行こうぜ」と思いつきで放った一言がどういうわけか実現した話。半分ネタだったのにE先輩はすんなりと快諾してくれた。

土曜日の午後の部活が終わってその足で京都に向かったので我々はその日先輩の家に泊まった。ベッドがひとつしかないのでジャンケンか流れかなんかで僕が床with毛布、副とE先輩がひとつのベッドに寝たのだが翌朝に事件は起きた。なんと先輩と寝てた副が下半身だけ丸出しで寝ていたのだ。しかもうつ伏せ状態だったので局部が先輩のベッドにガッツリついたままで。朝からめちゃくちゃ笑った。あの綺麗なプリケツはたぶん一生忘れない。

(注:副から許諾を得て書いています)

 

元号が「令和」と発表される

上皇さまの生前ご退位により「平成」が改元され、新しい元号が令和おじさん(本名:菅 義偉)から「令和」と発表される。

この時僕は部活だったので、午前の練習を早々に切り上げ部員とスマホを取り囲んで発表を見守った。発表後、令和おじさんや記者のモノマネを部員とした。記者のシャッター音までスマホで再現するなど、中々手の込んだしかし低クオリティなモノマネだったと思う。

5月になり令和がスタートする0時には、平成から令和への改元を記念した動画を撮影したものをTwitterや部活グループ等にあげた。後日、動画を見た人たちからよく「なんであんな動画撮ったのか」と質問された。その度に僕は『ただで令和を迎えたくなかった』と答えているが、理解してくれる者は誰一人としていなかった。

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体育祭の悲劇

連日の雨で体育祭が潰れた。

正確に言えば予備日の方は途中で雨が降って中断という形で潰れる。丁度僕の70m走(100m走が地面のコンディションの関係で縮小)の出番が回ってきて走る直前でアホみたいに降ってきた。まあ正直言うと僕の足の遅さを「地面ぐちゃぐちゃで上手く走れなかったわマイッタナコリャ」と言い訳出来るのでラッキーっちゃラッキーかなと思ったけど。

生徒は授業を優先し予備予備日を設定しない先生達に怒っていたし、先生は先生でせっかく朝早くから準備したのに中止することにしたことに怒っていた。日本史の年配の先生がその中止した日の授業中「何も準備しない人はいいですよね、簡単に『中止』と言えて…」と、明らかに校長に照準を定めた悪口をボソボソと話していたことは忘れない。

この出来事は「令和元年の悲劇」として生徒会誌内の広辞苑にて語り継がれることになる。

 

北里『紫』三郎

これは夏休み前最後の日本史のテストでの話。テスト何日か前に範囲に赤痢菌を発見した志賀潔オリザニン抽出に成功した鈴木梅太郎などの明治の自然科学の発達に貢献した人が含まれていることを知る。しかし僕はその時までそこを全く勉強していなかった。今「赤痢菌を…」などと書いたが、情けないことにまさにこれも日本史の資料集を見て書いてるくらい知らない。

当日(結局勉強しないまま当日)、やはりテストというものは不思議なもので、問題用紙にその覚えていなかった科学者たちがものの見事にズラリ勢揃いしていた。オリザニン?Z項?当然ながらひとつも分からない。空欄が埋められない。見たところ10点分は確実にあるぞ。

ここで尾崎少年、ある秘策に出る。それは、

全ての解答欄に『北里柴三郎』と書く

これだ。

さすがの僕でも北里柴三郎のこと、そして彼がテストに出るであろうことを知っていたので、僕は最終手段かつ強硬手段に出た。科学者の名前を答える空欄ほぼ全てに『北里柴三郎』と書いた。するとどうだろう、解答欄に『北里柴三郎』と書きすぎて、北里柴三郎が1人で研究めちゃくちゃ頑張ったみたいになった。

これに気づいてしまうと僕の想像はもう止まらない。何人にも増殖した北里柴三郎が頭の中を駆け巡る。ハッハッハと笑いながら駆け巡る。完全に脳内は北里柴三郎ズに支配され、周りの人は一生懸命問題を解いている中ひとりでツボに入り静かに笑っていた。

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↑頭の中のイメージ図

 

しばらくしてテストが返ってきた。返ってきたテストを見て僕は驚愕した。

なんと『北里柴三郎』の『柴』の字が何かの間違いで全て『紫』になっていた。

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ひとりで研究を頑張っていたのは実は『むらさき三郎』さんだったのだ。こんなにマヌケな事はかつてあっただろうか。呆れを通り越してもう自分で笑ってしまった。先生も採点しながら頭抱えてそうな僕史上最悪の失態。これに関してはさすがの母も怒らなかった。

 

 

 

 

 

Part 5に続く。3年生の夏から卒業まで。ついに終わりだこのシリーズも。